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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)157号 判決 1999年6月23日

東京都品川区大崎1丁目6番3号

原告

日本精工株式会社

代表者代表取締役

関谷哲夫

訴訟代理人弁理士

井上義雄

福田充広

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

西野健二

浜勇

川上益喜

田中弘満

小林和男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年審判第18590号事件について、平成10年3月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年7月16日、名称を「軸受組立体」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願(特願昭62-176033号)をしたが、平成8年9月12日に拒絶査定を受けたので、同年11月7日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、平成8年審判第18590号事件として審理した上、平成10年3月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月27日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

内輪と外輪とこれら両輪の間に介装された転動体とを含み、一方の輪が固定され他方の輪が回転可能とされた軸受組立体において、内輪と外輪との間の軸方向端部にはシールが設けられており、該シールは固定輪に取り付けられた内側環状シール部材と、該内側環状シール部材より軸方向外側で回転輪に取り付けられた外側環状シール部材とからなり、これら内側環状シール部材と外側環状シール部材間にはこれら環状シール部材の一方に固定関係にあり他方に接触して軸受内部を密封している弾性体を有し、前記外側環状シール部材は磁気特性が周方向に交互に変化する環状センサロータを外輪内径円よりも内径側に有していることを特徴とする回転検出用軸受組立体。

3  審決の理由

審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明が、実願昭58-170031号公報(以下「引用例1」という。)及び米国特許第4161120号明細書(以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用例発明1」及び「引用例発明2」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1及び2の各記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点の認定は、いずれも認める。

審決は、本願発明と引用例発明1との相違点についての判断を誤る(取消事由1)とともに、本願発明の有する顕著な作用効果を看過した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  相違点の判断誤り(取消事由1)

審決が、相違点の判断において、引用例発明2における「『シールは磁気特性が周方向に交互に変化する環状センサロータをhub 1内径円よりも内径側に有している』構成を、第1引用例記載のものに適用して、本願発明のような構成とする程度のことは、必要に応じて当業者が格別困難なく想到し得る事項にすぎない。」(審決書10頁3~8行)と判断したことは誤りである。

まず、引用例発明2において、リップシールと呼ばれているシール5、15、25は、軸受組立体の外側に位置して同組立体とは別体のハブの孔に取り付けられており、軸受組立体の外に設けられた外付けのシールであるから、軸受組立体の内部に設けられている本願発明のシールとは異なる。そして、引用例発明2においては、回転検出精度を高めるために、歯付リング、シール及びハブを含む回転検出装置全体の径を大きくしているのであり、その径を小さくすることは、安全部品として最も重要な精度を悪くする結果を伴うのである。

したがって、引用例発明2のシールー体環状センサロータを、引用例発明1の軸受内に入れると、径が小さくなって実用上十分な精度が得られない。つまり、引用例発明2は、本願発明のように、回転体の内側で回転体を支えている小径の軸受を、高精度を出すために回転検出に利用することについて、何らの示唆も動機付けをも与えるものではなく、当業者にとって、引用例発明2の回転検出用歯付きリングを有するシールを、引用例発明1のシールに適用するという発想は出てこないのである。

また、引用例発明1では、内輪及び外輪のいずれを回転側とし、他を固定側とするかが特定されていないから、「固定輪に取り付けられた内側環状シール部材と、該内側環状シール部材より軸方向外側で回転輪に取り付けられた外側環状シール部材」という審決認定(審決書8頁9~12行)の構成だけでなく、「回転輪に取り付けられた内側環状シール部材と、該内側環状シール部材より軸方向外側で固定輪に取り付けられた外側環状シール部材」という構成も開示されており、したがって、シールの外周側が回転外輪に取り付けられる「外輪回転外周シール」のパターンと、シールの内周側が回転内輪に取り付けられる「内輪回転内周シール」のパターンが開示されていることになる。そして、本願発明の構成に至るには、この中から、シールが軸方向外側に取り付けてある「内輪回転内周シール」を選択しなければならず、しかも、引用例発明2の環状センサロータ付の「回転外周シール」を、いったん環状センサロータ付の「回転内周シール」に転換してから、引用例発明1から選択した「内輪回転内周シール」に適用しなければならないところ、引用例発明2にはそうすることの示唆も動機付けもない。しかも、引用例発明2の外輪に取り付けられた環状センサロータ付き回転外周シールの構成を、引用例発明1の外輪に取り付けられた軸方向内側の第1密封体20に適用しようとすると、センサロータの取付けに問題が生じてしまい、本願発明の構成が得られない。

したがって、引用例発明2のシールの構成を引用例発明1に適用することは、当業者にとって到底容易とはいえない。

2  顕著な作用効果の看過(取消事由2)

本願発明は、本願明細書(甲第2、第3号証)に記載されたように、内輪及び外輪の間に軸受内部を密封するシールを設け、回転輪に取り付けられた外側環状シール部材に、シール機能と回転信号発生検出機能とを併せて持たせる構成により、回転検出用に検出信号発生の機能を設けた軸受組立体を、一体的で、かつ、より小型にすることができ、しかも、軸受製造に際して環状センサロータを軸受内に組み込むことができるので、部品点数を少なくしながら、極めて精度の高い回転検出用軸受組立体が、優れたシール機能を維持しつつ得られるのである。

本願発明のこのような効果は、引用例発明1及び2からは、到底予想し得ないものである。

したがって、審決が、「本願発明の効果は第1及び第2引用例に記載された事項から予測し得る程度のものである。」(審決書10頁9~10行)と判断したことは誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

原告は、引用例発明2が回転検出精度を高めるために回転検出装置全体の径を大きくしている旨主張するが、引用例2にはそのような記載はなく、原告の主張は根拠がない。

引用例2(甲第5号証)には、従来の車両における滑り止めシステム(アンチスキッドブレーキシステム)等において、車輪の回転速度を検出するために、車輪が取り付けられる回転側であるシャフト、回転軸又はハブに、環状センサロータを設けることが記載されている。

また、引用例発明2では、回転側である軸受組立体の内輪又は外輪に環状センサロータを設けることを例示していないが、回転側である軸受組立体の内輪又は外輪に環状センサロータを設けることは、特開昭48-4850号公報(乙第1号証)、実開昭61-54272号のマイクロフィルム(乙第2号証)、実開昭61-159202号のマイクロフィルム(乙第3号証。以下、これらの公報及びマイクロフィルムを「本件周知例」という。)及び本願明細書(甲第2号証3頁13~16行参照)に示されるとおり、周知技術である。

他方、引用例発明1では、「内側環状シール部材より軸方向外側で回転輪に取り付けられた外側環状シール部材」(審決書8頁10~12行)が、開示されており、このシールも引用例発明2に開示されたシールも、ともに軸受シールである。

そうすると、引用例発明2の「シールは磁気特性が周方向に交互に変化する環状センサロータをハブ1内径円よりも内径側に有している」構成を{引用例発明1の回転側である回転輪に取り付けられた外側環状シール部材に適用することは、当業者が容易に想到できるところである。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書10頁3~8行)に誤りはない。

2  取消事由2について

原告は、本願発明が、回転検出用に検出信号発生の機能を設けた軸受組立体を、一体的で、かつ、より小型にすることができ、しかも、軸受製造に際して環状センサロータを軸受内に組み込むことができるので、部品点数を少なくしながら、極めて精度の高い回転検出用軸受組立体が、優れたシール機能を維持しつつ得られるという効果を奏する旨主張する。

しかし、回転体である軸受組立体の内輪又は外輪に環状センサロータを設けることは、前述したように周知技術であって、この場合、回転中心から環状センサロータに至る間の部品点数を少なくすることができるのであるから、原告の主張する高い回転検出精度を出す本願発明と条件は同じであり、結局、上記効果は、引用例発明2の回転検出用歯付きリングの付いたシールを、引用例発明1のシールに適用するに当たって予測し得る程度のものである。

したがって、本願発明の効果は、引用例発明1及び2から予測し得るものであり、この点に関する審決の判断(審決書10頁9~10行)に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点の判断誤り)について

審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1及び2の各記載事項の認定、本願発明と引用例発明1との一致点並びに「本願発明における外側環状シール部材は、磁気特性が周方向に変化する環状センサロータを外輪内径円よりも内径側に有しているのに対して、引用例に記載されたものは、該構成を具備しない点」(審決書8頁20行~9頁3行、相違点)で相違することは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、引用例発明2に関して、引用例2(甲第5号証)には、「本発明は、回転パラメータの検出装置、特に、車輪と相互依存で回転する回転片(シャフト、車軸またはハブ)上に取り付けられる歯付きリングと、およびリングの歯に近接して設けられる検出ヘッドとから構成される車両車輪の速度を検出するセンサに関する。」(同号証訳文1頁15~18行)、「本発明の主な目的は、特に車輪速センサの構成および車両への取付けに関して、車輪速センサを単純化し、かつそのコストを低減することにある。この目的は、センサのロータを形成する歯付きリングが、ハブまたは車軸の軸受のシールリングも受容するようになっているボア内に取り付けられるという本発明の1つの特徴に従って達成される。ボアのこの二重利用により、その正確度で、軸受の確実性および歯付きリングの取付け精度が改良されるという結果が生じる。本発明の他の特徴によれば、歯付きリングおよびシールは、単体に組合されかつ一体にされる。この特徴により、シールとリングの分解が容易になる。好都合なことに、シールの内径は、ピローブロックの軸受の外径または車輪に関連するブレーキディスクの軸受の外径よりも大きい。かくして、ピローブロック軸受またはブレーキディスクの迅速な分解ができ、この解決策により、シールの取外し、および歯付きリングの分解が避けられる。」(同2頁6~21行)、「図1に示されるハブ1は、路上走行車の車輪の一部である。ハブ1は、2個の円錐ころ軸受3、4を内蔵するピローブロックの手段により車軸上に取り付けられる。ピローブロックの内側軸受4の近くに、既知の形式の接合リップシール5が、ハブ1のボア6内に載置される。」(同3頁16~19行)、「磁束の変動を検知する磁気検出ヘッド8は、車輪速センサの固定部分を構成し、また磁気検出ヘッド8がリング7の歯11に対向して位置決めされるように、車軸2が装着される固定フランジ10の横方向オリフィス9に弾性戻り止めの手段、または摩擦嵌めにより収納される。」(同4頁2~6行)、「図3に示される配置によればボア6は、リップシール15から成る封止と検出の組立体12を受容し、そのリップシール15へは、内部へ向けて半径方向に延びる分岐17a上に、検出ヘッド8へ面する切り欠き18を有するL形断面の金属製歯付きリング17が接着される。図4によれば、封止と検出組立体12はリップシール25から成り、そのシールの外径がハブ1のボア6内に嵌まる。L型リング27は、シール25内に形成される環状スリットを経てシール25内に収納される。・・・低摩擦特性を有するプラスチック材料から成るリング28は、検出ヘッド8に対向する面上でシール25に接着されてもよい。」(同4頁17行~5頁2行)と記載されている。

これらの記載並びに引用例2の図1、3及び4によれば、引用例発明2は、車輪速センサの構成及び取付けを単純化し、かつ、コストを低減することを技術課題としており、センサロータを形成する歯付きリングを、ハブ又は車軸の軸受のシールリングと一体に形成してハブのボア内に取り付けることにより、シールと一体のセンサロータの取付け精度を改良し回転検出の精度を高めるとともに、歯付きリング及びシールを組み合わせて一体に形成することにより、軸受の取付け、分解を容易にしたものと認められ、このシールは、軸受組立体3、4の外に設けられた外付けのシールではあるが、軸受組立体内部を密封していることが明らかである。

したがって、審決が、引用例発明2について、「内輪と外輪とこれら両輪の間に介装された転動体とを含み、一方の輪が固定され他方の輪が回転可能とされた軸受組立体において、軸受組立体の近傍には、axel2に対して相対回動するhub 1のbore 6に取り付けられてシールが設けられており、該シールは、軸受組立体内部を密封している弾性体を有し、前記シールは磁気特性が周方向に交互に変化する環状センサロータをhub 1内径円よりも内径側に有している」(審決書9頁13行~10頁1行)と認定したことに誤りはない。

そして、引用例発明2では、シールとセンサロータが一体となった回転検出装置をハブに取り付けることにより、取付け精度を改良して回転検出精度を高めるとともに、分解の容易性という作用効果を達成したものと認められるが、回転検出精度を高めるために、回転検出装置(センサロータ)全体の径を大きくする等の構成を採用することについての記載はなく、また、その示唆も認められない。他方、回転検出装置であるセンサロータを形成する歯付きリング自体は、前示のとおり、回転片であるシャフト、車軸又はハブのいずれに取り付けることも可能である旨が記載されているから、シールとセンサロータが一体となった回転検出装置を車軸に取り付けることは、引用例発明2において、当然に示唆されているものと認められる。

これに対し、引用例発明1が、「軸シール10は円すいころ軸受の外輪1と内輪2の端部に装着されて軸受内部を密封している。軸シール10は外輪1の端部内径に嵌着する第1密封鉢20と内輪2の端部外径に嵌着する第2密封体30とからなっている」(審決書3頁11~16行)こと、また、少なくとも「固定輪に取り付けられた内側環状シール部材と、該内側環状シール部材より軸方向外側で回転輪に取り付けられた外側環状シール部材」(同8頁9~12行)とからなる構成を開示していることは、当事者間に争いがないから、回転輪に取り付けられた外側環状シール部材が、外輪内径円よりも内径側に位置することは明らかといえる。

そうすると、引用例発明1及び2は、いずれも軸受組立体の技術分野に属し、その軸受内部を密封するシール部材の改良技術に関するものであるところ、本件周知例(乙1~3号証)が示すとおり、回転体である軸受組立体の内輪又は外輪に環状センサロータを設けることが周知技術であることを考慮すると、当業者は、引用例発明2に開示された、車輪速センサの構成及び取付けの単純化やコスト低減化という技術課題の観点から、引用例発明1に示される、外輪内径円よりも内径側に位置して回転輪に取り付けられた外側環状シール部材について、引用例発明2に示される、シールと環状センサロータとを一体に構成する技術を適用して、本願発明の「外側環状シール部材は、磁気特性が周方向に変化する環状センサロータを外輪内径円よりも内径側に有している」構成とすることを、容易に想到できるものと認められる。

原告は、引用例発明2のシールが、軸受組立体の外に設けられた外付けのシールであり、引用例発明2では、回転検出精度を高めるために、歯付リング、シール及びハブを含む回転検出装置全体の径を大きくしているのであって、そのシールー体環状センサロータを、引用例発明1の軸受内に入れると、径が小さくなって実用上十分な精度が得られないこととなるから、当業者にとって、引用例発明2のシールを引用例発明1のシールに適用するという発想は出てこないと主張する。

しかし、前示のとおり、引用例2には、回転検出精度を高めるために、回転検出装置(センサロータ)全体の径を大きくする等の構成を採用することについての記載や示唆が、全く認められないから、引用例発明2が、回転検出精度を高めるために、歯付リング、シール及びハブを含む回転検出装置全体の径を大きくしている旨の主張は、それ自体根拠のないものといわなければならない。また、仮に、原告の主張するように、回転検出装置全体の径を大きくすることにより回転検出精度をある程度高められるとしても、引用例発明2において、それが明示されていない以上、回転検出装置をハブの最大限外径側に設ける以外の構成、すなわち、回転検出装置全体の径をある程度小さくすることや、これを車軸に取り付けることを一切否定しているものと解することは相当ではない。しかも、引用例2には、前示のとおり、回転検出装置であるセンサロータを形成する歯付きリング自体が、回転片であるシャフト、車軸又はハブのいずれに取り付けることも可能である旨が明確に記載されているから、シールとセンサロータが一体となった回転検出装置を車軸に取り付けることは、引用例発明2において、当然に示唆されているものと認められる。したがって、いずれにしても原告の主張を採用する余地はない。

また、原告は、引用例発明1では、内輪及び外輪のいずれを回転側とし、他を固定側とするかが特定されておらず、シールの外周側が回転外輪に取り付けられる「外輪回転外1周シール」のパターンと、シールの内周側が回転内輪に取り付けられる「内輪回転内周シール」のパターンが開示されているところ、本願発明の構成に至るには、この中からシールが軸方向外側に取り付けてある「内輪回転内周シール」を選択し、これに、引用例発明2の環状センサロータ付の「回転外周シール」を、いったん環状センサロータ付の「回転内周シール」に転換してから適用しなければならないし、また、引用例発明2の外輪に取り付けてある回転外周シールの構成を、引用例発明1の外輪に取り付けてある軸方向内側の第1密封体20に適用しようとすると、センサロータの取付けに問題が生じてしまうから、引用例発明2のシールの構成を引用例発明1に適用することは、当業者にとって容易ではないと主張する。

しかしながら、原告の自認するとおり、引用例発明1にシールの外周側が回転外輪に取り付けられる「外輪回転外周シール」のパターンと、シールの内周側が回転内輪に取り付けられる「内輪回転内周シール」のパターンが開示されている以上、引用例発明1の軸受組立体に接した当業者が、「内輪回転外輪固定」と「内輪固定外輪回転」の2つの実施態様を備える軸受組立体を、それぞれ独立して把握し、「内輪回転内周シール」のパターンを選択することに格別の困難性がないことは当然である。また、前示のとおり、引用例発明2は、シールと一体となった環状センサロータ(回転検出装置)を回転輪に取り付けた構成に技術的特徴があり、この回転輪には、ハブだけでなく車軸が含まれることも示唆されているのであるから、当業者は、このシールと一体となった環状センサロータを、車軸である内輪に取り付けた構成をも当然に把握できるものと認められる。そして、上記センサロータには、その軸方向の更に外側に回転検出用センサが対向配置される必要があるから、当該センサロータを軸方向外側のシールと一体に構成すべきことは、技術常識ともいうべきものであり、当業者が、引用例発明1の軸受組立体のシール構成において、回転輪である内輪に取り付けられた軸方向外側のシール(第2密封体30)をセンサロータの取付け対象とすることは、容易に想到できることといわなければならない。

そもそも、本願発明は、前示要旨認定のとおり、内輪又は外輪のいずれが回転するのかは特定されておらず、本願明細書(甲第2、第3号証)にも、「上記二例はいずれも内輪回転方式のものであったが、本発明はこのほかにも、必要に応じて外輪回転方式のものであっても適用できる。」(甲第2号証9頁4~6行)と記載されるように、内輪又は外輪のいずれを固定し、いずれを回転するのかは限定されておらず、この点は、基本的に引用例発明1と同一である。そして、この引用例発明1について、シール部材とセンサロータを一体的に構成した引用例発明2を組み合わせることが極めて容易であるか否かの検討に当たって、原告の上記主張は、各引用例発明に開示された技術課題や当業者にとっての技術常識を考慮することなく、本願発明と各引用例発明との細部の具体的な構成の差異を強調してその適用を否定しようとするものであるから、それ自体失当であって、到底採用することができない。

したがって、審決が、相違点の判断において、引用例発明2における「『シールは磁気特性が周方向に交互に変化する環状センサロータをhub 1内径円よりも内径側に有している』構成を、第1引用例記載のものに適用して、本願発明のような構成とする程度のことは、必要に応じて当業者が格別困難なく想到し得る事項にすぎない。」(審決書10頁3~8行)と判断したことに誤りはない。

2  取消事由2(顕著な作用効果の看過)について

原告は、本願発明が、回転検出用の検出信号発生の機能を設けた軸受組立体を、一体的で、かつ、より小型にすることができ、しかも、軸受製造に際して環状センサロータを軸受内に組み込むことができるので、部品点数を少なくし、優れたシール機能を維持しながら、極めて高い回転検出精度を有するものであり、この本願発明が有する作用効果が、引用例発明1及び2からは、到底予想し得ないと主張する。

しかし、前示のとおり、引用例発明2は、環状センサロータを形成する歯付きリングを、ハブ又は車軸の軸受のシールリングと一体に形成してハブのボア内に取り付け、これにより、シールと一体のセンサロータの取付け精度を改良し、回転検出の精度が高めたものであり、また、引用例発明1は、軸受組立体の内輪と外輪との間の軸方向端部にシールを設ける構成が開示されるから、引用例発明2の構成を引用例発明1に適用し、引用例発明1のシールに環状センサロータを一体に取り付けると、当該センサロータを軸受内に組み込むこととなるから、一体的でより小型となるとともに、部品点数を少なくし、シール機能を維持しながら、精度の高い回転検出用軸受組立体が得られることになる。

したがって、引用例発明2の構成を引用例発明1に適用した場合に、原告の主張する本願発明の作用効果と同等のものを奏することは明らかであり、このことは、当業者にとって容易に予測できることであるから、上記主張を採用することはできない。

そうすると、審決が、「本願発明の効果は第1及び第2引用例に記載された事項から予測し得る程度のものである。」(審決書10頁9~10行)と判断したことに誤りはない。

3  以上のとおり、原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成8年審判第18590号

審決

東京都品川区大崎1丁目6番3号

請求人 日本精工株式会社

東京都中央区日本橋3丁目1番4号 画廊ビル8階 井上国際特許商標事務所

代理人弁理士 井上義雄

東京都中央区日本橋3丁目1番4号 画廊ビル8階 井上国際特許商標事務所

代理人弁理士 田村敬二郎

昭和62年特許願第176033号「軸受組立体」拒絶査定に対する審判事件(平成1年1月24日出願公開、特開平1-21219)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1.手続の経緯・本願発明の要旨

本願は、昭和62年7月16日の出願であって、その発明の要旨は、平成6年7月12日付け、平成7年12月27日付け、平成8年5月27日付け、平成8年12月6日付けの手続補正書によって補正された明細書、及び出願当初の図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載されたとおりの次のものと認める。

「内輪と外輪とこれら両輪の間に介装された転動体とを含み、一方の輪が固定され他方の輪が回転可能とされた軸受組立体において、

内輪と外輪との間の軸方向端部にはシールが設けられており、該シールは固定輪に取り付けられた内側環状シール部材と、該内側環状シール部材より軸方向外側で回転輪に取り付けられた外側環状シール部材とからなり、これら内側環状シール部材と外側環状シール部材間にはこれら環状シール部材の一方に固定関係にあり他方に接触して軸受内部を密封している弾性体を有し、前記外側環状シール部材は磁気特性が周方向に交互に変化する環状センサロータを外輪内径円よりも内径側に有していることを特徴とする回転検出用軸受組立体。」

2.引用例

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された実願昭58-170031号(実開昭60-77852号)のマイクロフィルム(以下、「第1引用例」という。)には、その明細書第3頁第14行~第5頁第5行の『第1図のものは本考案を軸シールに適用したものの実施例である。軸シール10は円すいころ軸受の外輪1と内輪2の端部に装着されて軸受内部を密封している。軸シール10は外輪1の端部内径に嵌着する第1密封体20と内輪2の端部外径に嵌着する第2密封体30とからなっている。第1密封体20はL字形状をした軟鋼板製の芯金21とゴム22とからなり、・・・。そして、芯金21の円筒部分211が外輪1の端部内径に嵌着して外輪1に固定されている。芯金21の円筒部分211の端部より軸方向内側に延びる内側フランジ212の内周部にゴム22が固着している。ゴム22はその内周に半径方向内側に延びるリップ221を備えている。第2密封体30は前記芯金21とは逆のL字形状をした軟鋼板製の芯金31とゴム32とからなり、・・・。そして、芯金31の円筒部分311が軸受2の端部外径に嵌着して内輪2に固定されている。芯金31の円筒部分311の端部より外側に延びる外側フランジ312の外周部にゴム32が固着している。ゴム32は半径方向外側に延びるリップ321と軸方向に延びるリップ322とを備えている。芯金21の円筒部分211の内径面213、内径フランジ212の内側側面214及び芯金31の円筒部分311の外径面313がそれぞれリップ321、322及び221が摺接する摺接面となっている。従って、この密封装置は3箇所のリップの接触部分で軸受の内部を密封する密封装置となっている。』なる記載、及び第1図の記載内容等からみて、

「内輪2と外輪1とこれら両輪の間に介装されたころとを含み、一方の輪が固定され他方の輪が回転可能とされた円すいころ軸受において、

内輪2と外輪1との間の軸方向端部には軸シール10が設けられており、該軸シール10は外輪1に取り付けられた第1密封体20と、該第1密封体20より軸方向外側で内輪2に取り付けられた第2密封体30とからなり、これら第1密封体20と第2密封体30間にはこれら密封体20、30の一方に固定関係にあり他方に接触して軸受内部を密封しているゴム22、32を有している円すいころ軸受。」

が記載されているものと認められる。

同じく引用された米国特許第4、161、120号明細書(以下、「第2引用例」という。)には、その明細書第2欄第15~20行の『The hub 1・・・is part of a road-vehicle wheel。 The hub 1 is mounted on an axle by means of a pillow block containing two conical roller bearing 3、4。 Near the inside bearing 4. of the pillow block, a jointed lip seal 5 of a known type is placed in a bore 6 of the hub 1。』なる記載、同第2欄第32~38行の『A magnetic detecting head 8, which・・・a lateral orifice 9 of a fixed flange 10 to which axle 2 is attached, such that the detecting head 8 is positioned opposite the teeth 11 of the ring 7。』なる記載、同第2欄第55行~第3欄第6行の『According to・・・detecting assembly 12 composed of a lipseal 15 to which・・・a notch 18 facing the detecting head 8。 According to Fig.4・・・detecting assembly 12 comprises a lipseal 25・・・maintains the magnetic gap between the detector head 8 and teeth 27 a relatively constant,・・・ring 28。』なる記載、及び Fig.1~Fig.4の記載内容等からみて、「内輪と外輪とこれら両輪の間に介装された転動体とを含み、一方の輪が固定され他方の輪が回転可能とされたconical roller bearing 3、4において、

inside bearing 4の近傍には、axel 2に対して相対回動するhub 1のbore 6に取り付けられてlip seal 5、15、25が設けられており、該lip seal 5、15、25は、conical roller bearing 3、4内部を密封している弾性体を有し、前記lip seal 5、15、25は磁気特性が周方向に交互に変化するteeth 11、notch 18、teeth 27aをhub 1内径円よりも内径側に有している」

構成が記載されているものと認められる。

3.対比

本願発明と第1引用例に記載されたものとを対比すると、第1引用例に記載された「ころ」、「円すいころ軸受」、「軸シール10」、「第1密封体20」、「第2密封体30」、「ゴム22、32」は、それぞれ本願発明における「転動体」、「軸受組立体」、「シール」、「内側環状シール部材」、「外側環状シール部材」、「弾性体」に相当する。

又、軸受組立体を構成する内輪が固定輪若しくは回転輪とされ、同じく外輪が回転輪若しくは固定輪とされることは、当該技術分野における技術常識である。

したがって、両者は、

「内輪と外輪とこれら両輪の間に介装された転動体とを含み、一方の輪が固定され他方の輪が回転可能とされた軸受組立体において、

内輪と外輪との間の軸方向端部にはシールが設けられており、該シールは固定輪に取り付けられた内側環状シール部材と、該内側環状シール部材より軸方向外側で回転輪に取り付けられた外側環状シール部材とからなり、これら内側環状シール部材と外側環状シール部材間にはこれら環状シール部材の一方に固定関係にあり他方に接触して軸受内部を密封している弾性体を有している軸受組立体。」

である点で一致しており、以下の点で相違している。

相違点

本願発明における外側環状シール部材は、磁気特性が周方向に変化する環状センサロータを外輪内径円よりも内径側に有しているのに対して、引用例に記載されたものは、該構成を具備しない点。

4.当審の判断

上記相違点について検討する。

第2引用例に記載された「conical roller bearing 3、4、inside bearing 4」、「lip seal 5、15、25」、「teeth 11、notch 18、teeth 27 a」は、それぞれ本願発明における「軸受組立体」、「シール」、「環状センサロータ」に相当する。

したがって、第2引用例には、

「内輪と外輪とこれら両輪の間に介装された転動体とを含み、一方の輪が固定され他方の輪が回転可能とされた軸受組立体において、

軸受組立体の近傍には、axel 2に対して相対回動するhub 1のbore 6に取り付けられてシールが設けられており、該シールは、軸受組立体内部を密封している弾性体を有し、前記シールは磁気特性が周方向に交互に変化する環状センサロータをhub 1径円よりも内径側に有している」構成が記載されている。

そして、上記「シールは磁気特性が周方向に交互に変化する環状センサロータをhub 1内径円よりも内径側に有している」構成を、第1引用例記載のものに適用して、本願発明のような構成とする程度のことは、必要に応じて当業者が格別困難なく想到し得る事項にすぎない。

なお、本願発明の効果は第1及び第2引用例に記載された事項から予測し得る程度のものである。

5.むすび

以上のとおり、本願発明は、第1引用例及び第2引用例に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成10年3月27日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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